事業承継は、経営者が交代した瞬間に完了するものではありません。承継後の経営が不安定になる企業の多くは、承継後の経営戦略立案方法が曖昧なまま、日々の意思決定を重ねてしまっています。
理念と数字、現場の判断軸が揃わなければ、利益や資金繰り、人材に歪みが生じるのは避けられません。本記事では、税務・財務の制約を踏まえた税理士法人の視点から、承継後に取り組むべき経営戦略の考え方と、実務に落とし込む具体的な手順を体系的に解説します。
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この記事の目次
なぜ「承継後の経営戦略」が重要なのか

事業承継後の経営は、表面的には大きな変化がないように見えても、内部では意思決定の軸が大きく揺れ動きます。このタイミングで経営戦略を再設計できるかどうかが、その後の業績と組織の安定性を左右します。
承継後に業績が不安定化する3つの理由
承継後に業績が不安定化する最大の要因は、判断基準の不統一です。先代の暗黙知が言語化されないまま、意思決定が属人的になるケースは少なくありません。
次に多いのが、数字の見方が変わることによる混乱です。利益を重視するのか、資金繰りを優先するのか、その優先順位が曖昧だと経営判断がぶれます。
三つ目は、組織側が変化に追いつかないことです。経営者交代により、現場は「何が正解か分からない状態」に陥りやすく、生産性が一時的に低下します。
承継はゴールではなく「経営再設計のスタート」
事業承継は、経営の区切りではなく、新しい経営体制の出発点です。ここで従来のやり方をそのまま踏襲すると、環境変化への対応が遅れます。
特に重要なのは、承継を機に経営の前提条件が変わるという点です。経営者の価値観、リスク許容度、成長意欲が変われば、戦略も再設計が必要になります。
そのため承継後は、「何を引き継ぎ、何を変えるのか」を明確にし、経営の方向性を意図的に作る必要があります。
税務・財務を無視した戦略が失敗する理由
経営戦略は、理想論だけでは成立しません。税務・財務は、戦略の前提条件であり制約条件でもあります。
例えば、過大な設備投資や人員増強は、短期的な資金繰りを圧迫します。また、株式構成や借入条件を考慮しない戦略は、後から大きな修正を迫られます。
税理士の立場から見ると、承継後の戦略は「実行可能性」と「持続性」を同時に満たしているかが最重要です。
MGS税理士法人では、事業承継のサポートはもちろんですが、そこからの経営戦略の立案までサポートしています。お困りごとがございましたら、お気軽にご相談くださいませ。
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承継後の経営戦略立案に入る前にやるべきこと

承継後にいきなり戦略を描こうとすると、ほぼ確実に判断がぶれてしまいます。その原因は、現状認識が人によって異なるまま戦略を議論してしまうことにあります。
経営戦略は「正解を考える作業」ではなく、同じ前提条件のもとで意思決定するための設計図です。そのため、戦略立案の前に、まず現状を正確に把握し、共通認識を作る必要があります。
現状把握① 財務(利益・資金繰り・借入)
最初に行うべきは、財務の現状把握です。ここで重要なのは、利益だけでなく、資金の流れまで含めて確認することです。
多くの承継後企業では、「黒字なのに資金が増えない」「返済が重く投資できない」といった問題が顕在化します。
最低限、以下の3点は必ず整理します。
①損益(PL)②資金繰り(キャッシュフロー)③借入条件と返済予定です。
※キャッシュフローとは、一定期間における現金の増減を指します。利益と一致しないため、戦略判断では特に注意が必要です。
現状把握② 非財務(人材・顧客・事業構造)
財務だけを見て戦略を立てても、実行段階で必ず壁に当たります。その原因が、非財務要素の見落としです。
具体的には、人材・顧客・事業構造の整理が不可欠です。誰が意思決定を担い、どこに業務が属人化しているのかを明らかにします。
また、売上構成や顧客依存度も重要です。上位顧客への依存が高い場合、戦略の自由度は大きく制限されます。
承継後の経営戦略立案方法【実務7ステップ】

承継後の経営戦略は、思いつきや経験則ではなく、一定の手順に沿って設計することが重要です。以下の7ステップは、業種や規模を問わず、承継後の経営を安定させるための実務フレームです。
Step1|承継後の経営理念・ビジョンを明確にする
最初に行うべきは、承継後の経営がどこを目指すのかを言語化することです。理念やビジョンは抽象的に見えますが、実際にはすべての意思決定の基準になります。
先代の考えを踏まえつつ、「何を守り、何を変えるのか」を明確にします。ここが曖昧なままでは、後続の戦略が一貫しません。
Step2|重点課題を3つに絞る(選択と集中)
承継後は、課題が一気に顕在化します。しかし、すべてに手を付けると、資源が分散し成果が出ません。そこで重要なのが、重点課題を最大3つに絞ることです。「今やらないこと」を決めることが、戦略の第一歩になります。
Step3|競争戦略を設計する(誰に・何を・どう売るか)
経営戦略の中核は、競争戦略です。これは「誰に、どんな価値を、どのように提供するか」を明確にする作業です。
顧客ターゲット、提供価値、価格・粗利構造を整理します。特に承継後は、売上規模よりも利益構造を優先して設計する視点が重要です。
Step4|中期経営計画(3年)に数値で落とす
戦略は、数値に落とし込んで初めて実行可能になります。ここで作成するのが、3年間の中期経営計画です。
売上・利益・人件費・投資・借入返済などを具体的に設計します。税務・財務の制約を踏まえた現実的な計画であることが不可欠です。
Step5|KPIを設定し、月次で管理できる体制を作る
中期計画を実行するためには、KPI(重要業績評価指標)が必要です。KPIとは、結果ではなく「行動と進捗」を測る指標を指します。
KPIは多すぎると機能しません。5〜10項目程度に絞り、月次で確認・改善する体制を作ることが重要です。
Step6|組織・権限・ガバナンスを整える
戦略があっても、組織が整っていなければ実行されません。承継後は特に、誰が決めるのか、どこまで任せるのかを明確にします。
権限分掌や決裁ルールを整理することで、経営者の判断負荷を減らし、組織全体のスピードを高めることができます。
Step7|100日・1年・3年の実行ロードマップを描く
最後に、戦略を時間軸に落とします。これが、実行ロードマップです。
承継後100日で整えること、1年で成果を出すこと、3年で到達する姿を明確にします。期限を区切ることで、戦略は「計画」から「行動」に変わります。
承継後の経営戦略でよくある失敗パターン

承継後の経営戦略は、方向性自体は正しくても、実行段階でつまずくケースが少なくありません。その原因の多くは、戦略の内容ではなく、前提条件の整理不足にあります。
承継後は、税務・財務・組織・資金イベントなど、経営を取り巻く条件が一斉に変化します。これらを踏まえずに戦略を描くと、想定外の問題が後から顕在化します。
ここでは、実務の現場で特に多い3つの失敗パターンを整理します。
節税だけを優先して事業が弱くなるケース
承継後に多いのが、節税を最優先にした意思決定です。税負担の軽減は重要ですが、それ自体が目的になってしまうと、事業の体力を損ないます。
例えば、節税目的の不要な設備投資や過剰な役員報酬により、手元資金が減少し、本来必要な成長投資ができなくなるケースがあります。
節税はあくまで手段です。事業の継続性と成長性を維持できているかという視点が不可欠です。
数字が現場に落ちず、計画倒れになるケース
中期経営計画を作成したものの、現場ではほとんど使われていない。これは、承継後の経営で非常によく見られる失敗です。
原因の多くは、数字が経営者だけの管理資料になっていることです。現場が関与しない計画は、行動に結びつきません。
KPIや目標は、現場の業務と接続されて初めて意味を持ちます。月次で確認し、改善につなげる仕組みがなければ、計画は形骸化します。
借入・納税・株式問題が後から噴き出すケース
戦略立案時に見落とされがちなのが、資金イベントの影響です。借入返済、納税、株式承継はいずれも、経営に直接的な負荷を与えます。
承継後しばらくしてから、「想定以上の納税資金が必要になった」「返済負担が経営を圧迫している」と判明するケースも少なくありません。
これらは、事前に予測できる問題です。経営戦略と税務・財務を同時に設計しなかったことが、対応を後手に回す原因になります。
承継後の経営戦略は「早期の設計」が成否を分ける
事業承継後の経営は、時間の経過によって自然に安定するものではありません。むしろ、承継直後の意思決定の積み重ねが、その後の業績や組織の状態を大きく左右します。
承継後に重要なのは、感覚や経験に頼るのではなく、現状把握 → 戦略設計 → 数値化 → 実行管理を一貫した流れで行うことです。
特に、税務・財務・資金イベントを踏まえた現実的な設計が欠かせません。
承継後の経営戦略は、完成度の高い計画を作ることが目的ではありません。実行でき、修正し続けられる戦略を早期に持つことが、最大のリスク回避につながります。
もし承継後の経営に不安や迷いがある場合は、戦略の内容だけでなく、税務・財務面まで含めて整理することが重要です。
経営と税務を分断せずに見直すことで、承継後の経営はより安定したものになります。
承継後の経営設計に精通したMGS税理士事務所へ
経営の方向性と数値の整合性に不安がある場合は、承継後の経営設計に精通したMGS税理士事務所へご相談ください。
現状整理から中期経営計画の策定、実行フェーズまで一貫してサポート致します。
